映画『マシンガン・プリーチャー』

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マシンガン・プリ―チャー 原題「Machine Gun Preacher」

2011年 アメリカ


監督 マーク・フォースター
出演 ジェラルド・バトラー ミシェル・モナハン キャシー・ベイカー


元麻薬売人のサム・チルダースは殺人未遂を犯した事をきっかけに悪の道から抜け出し、キリスト教徒となった。
そして、家族と訪れた教会で、アフリカでのボランティア活動を決意する。

しかし、現地でサムが目にしたのは、村を焼き払い、子供をさらって少年兵に育て上げる『神の抵抗軍』というゲリラの横暴だった。サムは子供たちを助けるため、孤児院を設立する。

そして、マシンガンを手にとって、たった一人でゲリラに立ち向かうのだった…

Amazon.co.jpより



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感想・解説


マシンガン・プリーチャー? マンシンガンの教祖様的なものなのか?
というのが一見したときの率直な印象。がしかし、タイトルに似合わず、かなり真面目なエピソードである。


麻薬や強盗に染まっていた一人の男がキリスト教に出会って以来、悪を憎み善として生きる人間へと変わっていく様を描いている映画なわけだが、なんといっても内容が重い。実話をそのまま映画にしたらしく、監督いわく、劇中のスーダンでのできごとはすべて、忠実に再現しているとの事。


その男というのが、サム・チルダースという実在する牧師。現在も南スーダンで活動中らしい。
役を演じたのはジェラルド・バトラー。彼らしいといえば彼らしい役どころではある。






物語はサム出所時点から始まる。いざ刑務所を出ても、麻薬や酒に浸る生活を続けるサムは、ある夜、親友のドニーと車で移動中に、ヒッチハイカーのホームレスを拾う。その男は行き先に納得いかず、運転中のドニーの首にナイフを突き立てる。サムは隙を見て男に対抗し、麻薬の効果もあったのか、その男をメッタ刺しにしてしまう。


罪の意識を覚えたサムは家族と共に協会へ足を運び、神の許しを受け、そこで話を聞くうち、アフリカでのボランティア活動に興味を抱く。そしてアフリカへ訪れるが、そこで見たのは、母国では絶対に想像できない、悲惨な光景だった。サムはそこで苦しんでいる孤児たちを救うべく、行動を起こすのだった。






人生の身の上話をよくもまあ2時間の映画に詰め込んだなと。逆に詰め込みすぎて、展開が早い。
キリスト教徒になってからのサムの描写は非常に良かった。悪から完全に身を引き、やさしいお父さんになっていく姿には感動すら覚える。そして建築会社を立ち上げ、順調にやっていくかと思えた。だが、気がついたときにはもうアフリカで反乱軍という名の「人」を殺すランボー状態に


あれ?コレ何年間の話なの? という時系列の混乱が頭を困らせる。


それはさておき、このサムの目的であるが、アフリカで死の恐怖に怯えながら生きる子供たちを守ること。確かに立派なことである。そこで目にしたり、体験したりしたことを整理しないまま母国アメリカに帰ると、さぞかしアメリカ人の暮らしが贅沢極まりない豪奢なものに見えるだろう。それは視聴者側にも十二分に伝わってくる。


しかし、アメリカとアフリカをそのまま比べすぎてしまったせいか、アメリカ人がこんなに贅沢しているのになぜ、スーダンの孤児たちは死の恐怖なんかに怯えているんだ。と、勝手な解釈をしてしまい、なんと自分の家の全財産をスーダンの孤児院経費にあててしまう。


サムの妻であるリンが物申す、アフリカの子供たちを守る前に、あなたの我が子を守ってよ。


まったく言うとおりである。


といった感じにどんどんおかしな方向へ転じていくサムだったが、やはり映画ということで、サムの心情にちょっとだけ補正を加えてエンディングへ向かう。


総評

★★★★☆

とても良い話なのですが、なにより重い。暗い雰囲気ではないが、無駄に色々と考えさせられてしまう。
ジェラルド・バトラーの演技に何か熱いものを感じたんで★+1コ


余談ですが、アメリカでは全くヒットしなかった模様。
制作費3000万ドルを投じたわりに、興行収入が役100万ドル。はて、どうしたものか。


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